8月26日号のi-cityニュース

投稿日:2018年08月26日

〇椿まつり 伊賀采女宅子媛の供養祭
〇伊賀地域ブドウ品評会
〇2018同和問題講演会
〇夜のとしょかん探検
〇あわ夏まつり
●お知らせ CATV3社加入者様限定 ビッグプレゼントについて

 
【椿まつり 伊賀采女宅子媛の供養祭】

伊賀市鳳凰寺で8月25日、壬申の乱で有名な大友皇子の母である
伊賀采女宅子媛を供養する「椿まつり」が行われました。

この「椿まつり」は鳳凰寺出身とされている「伊賀采女宅子媛」の供養と
地域に残る歴史への関心を高めてもらうことなどを目的に
大山田大日つぁんクラブが主催したものです。

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7世紀頃、このあたりを治めていた豪族の娘とされる宅子媛は
宮中で天智天皇に仕え、壬申の乱で有名な大友皇子を生んだ女性です。

鳴塚古墳」では祭祀が執り行われ、
植木神社 宮司の渡邉さんが祝詞をあげ、参列者が玉串を捧げるなどしました。

鳳凰寺では明治中頃まで宅子媛を偲ぶ祭りが行われ、
昭和62年に復活しましたが、その後、再び途絶えてしまったため
約30年ぶりの開催となりました。

祭りが行われていた当時、「宅子媛は緑色の着物が似合う女性だった」とされることにちなみ、
緑色の椿の葉っぱで包んだ餅をみんなで食べていたそうです。

祭祀のあと行われた茶話会では、この日のために用意された「椿餅」が振る舞われたり
地区の人がドローンで撮影した「鳴塚古墳」の映像を見るなどしました。

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また、講師として招かれた三重県埋蔵文化財センターの穂積さんが
鳳凰寺の古代史について話しました。

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穂積さんは、壬申の乱より100年以上前の6世紀に鳴塚古墳が作られたことや
諸説ある中で、宅子媛の出身地は鳳凰寺が有力であることなどを紹介しました。

この日、地区の人は宅子媛を偲び、鳳凰寺の歴史への関心を高めていました。